アンパンマンのマーチの中に、「愛と勇気だけが友達」というフレーズがあります。

しかし、アンパンマンにはジャムおじさん、バタ子さんなどたくさんの友達がいます。

アンパンマンには愛と勇気しか友達がいないのでしょうか?

【人間は、一人ぼっち?】

アンパンマンのマーチはやなせたかしさんの作詞ですが、

やなせさんは、人間は、つまるところ、一人ぼっちなんだとみているのではないでしょうか

やなせさんの詩に、こんなのがあります。

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〇さびしいカシの木〇

山の上の1本のさびしいさびしいカシの木がとおくの国へ行きたいと空ゆく雲に頼んだが雲は流れて消えてしまった

山の上の1本もさびしいさびしいカシの木が私と一緒に暮らしてとやさしい風に頼んだが風はどこかへ消えてしまった

山の上の1本のさびしいさびしいカシの木は今ではとても年をとりほほ笑みながら立っているさみしいことになれてしまった

さびしいカシの木は、雲や風に、連れて行って一緒にいてと頼みますが二人ともどこかに行ってしまう。

そして、年老いたカシの木は、さびしさを受け入れて丘の下の様々な命に微笑みかけている

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という内容です。

とても寂しい歌ですが、人間は本来的に孤独であるというやなせさんの人間観が見て取れます。

私たちは、さびしいのは嫌です。誰もが孤独を恐れます。

そして、大勢の人がいるところ、たくさんの人がいるところに身を置きたいと思います。

ですけれども、

大勢の人に囲まれても、たくさんの友達を作ったとして、私たちの寂しさはなくなるのでしょうか?

お釈迦様は【みんな一人ぼっちで苦しんでいる】と説かれています。

お経の中に、

人世間、愛欲の中にありて独り生まれ独り死に、独り去って独り来る

という一節があります。

意味は、

人間はみな、誰かを求めて生きているが独りでこの世にやってきて独りで死んでいかねばならない

みんな孤独な存在なのだということです。

いろんな交流会やサークルに行くのも恋人や異性を求めるのも、結婚相手を探すのもツイッターやFACEBOOKでつながりをもとめるのもさびしいからでしょう。

自分を受け入れてくれたり理解してくれるだれかを求めているわけです。

でも、本当に自分のすべてをわかってくれたり、自分を本当に理解して一緒にいてくれる人はいるのでしょうか。

カシの木が、雲や風に頼んだように私たちは伴侶を求めますが、一時は意気投合してもしばらくすると離れて行ったり、すれ違ってしまいます。

そんな時、ああ、孤独なんだなと落ち込んだりしてしまいますね。

そんな孤独を受け入れて、同じ孤独に苦しむ人たちに微笑みかける愛と勇気が大切なんだ

そういうことなのでしょうか。